【パーソナルトレーナーの教科書】Vol.8-2
パーソナルトレーナーとして、クライアントのパフォーマンスを次のレベルへ引き上げる鍵はどこにあるのでしょうか。
多くのトレーナーは、スクワットやデッドリフトといった「矢状面」の指導には精通しています。しかし、人間の機能的動作、あるいはスポーツパフォーマンスの核心は、間違いなく「水平面」、すなわち「回旋」にあります。
「腰を回す」という言葉の曖昧さを捨て、解剖学的・力学的に正しい回旋メカニズムを理解しているトレーナーは、まだ日本には多くありません。
本記事では、Joint-by-Jointアプローチから、筋膜連結(アナトミートレイン)、そしてSerape Effect(サラペ効果)に至るまで、世界のS&C界でスタンダードとされている理論を網羅し、現場で即実践できる「回旋トレーニングの完全ガイド」として体系化しました。
1. 回旋の解剖学:運動連鎖とサブシステム
回旋動作を単なる「腹斜筋の収縮」と捉えているならば、その認識をアップデートする必要があります。回旋とは、足底から手指に至る全身のキネティックチェーン(運動連鎖)によって生み出される力の伝達です。
2つの斜めサブシステム
人間の歩行や投球、打撃動作を支えているのは、対角線上に連結する筋群のシステムです。これを理解せずして回旋トレーニングは成立しません。
A. 前方斜めサブシステム(AOS: Anterior Oblique Subsystem)
- 構成:外腹斜筋 ⇔ 前腹壁 ⇔ 対側の内腹斜筋 ⇔ 対側の内転筋群
- 機能:身体を屈曲させながら回旋する動作、および骨盤の安定化に関与します。
- 例:テニスのサーブのフォロースルー、サッカーのキックのインパクト。
- 臨床的意義:内転筋群の機能不全は、対側の腹斜筋の出力低下を招き、回旋パワーを減少させます。
B. 後方斜めサブシステム(POS: Posterior Oblique Subsystem)
- 構成:広背筋 ⇔ 胸腰筋膜 ⇔ 対側の大殿筋
- 機能:身体を伸展させながら回旋する動作、仙腸関節の圧迫安定化に関与します。
- 例:歩行時のプッシュオフと腕振り、ゴルフのバックスイング、投球のコッキング。
- 臨床的意義:回旋動作において「臀部」と「広背筋」はセットで機能します。
プロのトレーナーが見るべきは、腹筋が割れているかではなく、これらの「対角線のライン(Xライン)」が機能的に連結しているかです。
A、後方斜めサブシステム B、前方斜めサブシステム

💡 クライアントへの説明:専門知識を「感覚」に翻訳する
難しいサブシステムの話をクライアントにする必要はありません。その代わり、こんな風に伝えてみてください。
「〇〇さん、人間の体には『天然のゴムバンド』がタスキ掛けのように埋め込まれているんです。
例えば、右のお尻と左の背中は、見えない強力なゴムで繋がっています。ゴルフでクラブを振り上げる時、腕で上げるんじゃなくて、この背中のゴムをグイーンと伸ばすんです。そうすると、パチンコみたいに勝手に強い力で戻ってきますよね?
今からやるトレーニングは、筋肉を大きくするんじゃなくて、この『斜めのゴムバンド』の性能を上げて、少ない力で大きなパワーを出せるようにする練習ですよ」
こう伝えると、ラットプルダウンやランジといった種目の意味合いが、「全身の繋がりを作るため」という目的にガラッと変わります。
2. 安全性の担保:Joint-by-Joint セオリーと腰椎の保護
回旋トレーニングにおける最大のリスクは、腰椎(Lumbar Spine)への過剰なストレスです。Gray CookやMike Boyleが提唱するJoint-by-Joint Approachは、回旋処方における憲法のようなものです。
腰椎は「回るため」の関節ではない
解剖学的事実として、腰椎の回旋可動域は各分節で約1〜2度、全体合わせても約13度程度しかありません。腰椎の椎間関節(ファセット)は矢状面に配向しており、回旋を物理的にブロックする構造になっています。
無理に腰椎を捻る動作は、椎間板への剪断力を増大させ、ヘルニアや分離症のリスクを劇的に高めます。

腰椎の可動域はほとんど無いに等しい
正しい回旋の方程式
正しい回旋 = 胸椎の可動性 + 股関節の可動性 + 腰椎の安定性
- 胸椎(Thoracic):肋骨があるため剛性は高いですが、本来は回旋が得意な関節です。現代人の多くはここがロックされています。
- 股関節(Hip):球関節であり、強大な回旋トルクを生み出すエンジンです。
したがって、我々が指導すべきは「腰を回す」ことではなく、「腰という剛体ブロックを、股関節と胸椎を使って旋回させる」ことです。
💡 現場での修正テクニック:雑巾絞りの罠
「もっと腰を回して!」というアドバイスを真に受けて腰痛になる方が後を絶ちません。そんな時は、こう問いかけてみてください。
「〇〇さん、雑巾絞りを想像してください。雑巾をギュッと絞ると、繊維がねじれてボロボロになりますよね? 腰の骨でそれをやっちゃダメなんです。
プロのアスリートの動きをスローで見るとわかるんですが、彼らのお腹周りは『コンクリートの塊』みたいにガチッと固まったままなんです。その固い塊を、股関節という蝶番(ヒンジ)を使って、ドアを開け閉めするように動かしているだけなんですよ。
今日は『腰を捻る』のは禁止です。その代わり、『おへその向きを右から左へビュッと変える』ことだけ意識してください。お腹は鉄板のように固めたままで、ですよ」
これだけで、腰への負担が抜け、股関節に乗る感覚が一瞬で伝わることがよくあります。
| 脊椎の部位 | 回旋 (Rotation) | 屈曲/伸展 (Flex/Ext) | 側屈 (Lat-Flex) | 特徴とトレーニング上の役割 |
| 頸椎 (C1-C7) | 約80°〜90° | 約100°〜110° | 約70°〜90° | 最も可動性が高い。視界の確保に重要。 |
| 胸椎 (T1-T12) | 約30°〜35° | 約50°〜70° | 約40°〜50° | 回旋の主役。 肋骨があるが、構造上回旋に適している。 |
| 腰椎 (L1-L5) | 約5°〜13° | 約60°〜80° | 約20° | 回旋のNGエリア。 安定(スタビリティ)が至上命題。 |
3. プログラミングの4段階フェーズ
いきなりダイナミックな回旋運動を行わせるのは、ブレーキの壊れた車でサーキットを走るようなものです。以下の4フェーズを順守することで、リハビリからパフォーマンスアップまで一貫した指導が可能になります。
Phase 1: モビリティと分離
まずは物理的に回旋できる身体を作ります。特に重要なのが「分離」です。骨盤を固定したまま胸郭だけを回す、あるいはその逆を行う能力です。
- 推奨種目:Rib Grab T-Spine Rotation(側臥位での胸椎回旋)
- 推奨種目:Half-Kneeling Thoracic Rotation(片膝立ちでの回旋)
- 狙い:腰椎と骨盤をロックした状態で、胸椎の可動域を純粋に拡張します。

Phase 2: アンチ・ローテーション
回旋動作に入る前に、「回旋力に耐える力」を養います。これは腰椎の安定性を確保し、パワー伝達のロスを防ぐために不可欠です。
- 推奨種目:Pallof Press(パロフプレス)
- 解説:ケーブルやバンドの張力に対して正中線をキープします。多裂筋や回旋筋群がアイソメトリックに発火します。
- 推奨種目:Renegade Row(レネゲードロウ)
- 解説:プランクの姿勢で片手でダンベルを引きます。骨盤が回旋しないよう耐えることで、強烈なアンチ・ローテーション効果が得られます。
Pallof Press(パロフプレス)

Renegade Row(レネゲードロウ)

💡 ここで差がつく!「大砲とカヌー」のメタファー
なぜ地味な「耐えるトレーニング」が必要なのか? クライアントへの説明にはこの鉄板の例えを使ってください。
「〇〇さん、不安定なカヌーの上から大砲を撃ったらどうなると思います? ドーンと撃った反動でカヌーがひっくり返って、弾は全然遠くに飛びませんよね。
今の〇〇さんの状態は、エンジン(筋力)という大砲は立派なのに、土台のカヌー(体幹)がグラグラしている状態なんです。これじゃあパワーが逃げてしまいます。
今やっている『動かないトレーニング』は、カヌーを豪華客船並みに安定させる工事です。土台さえガッチリすれば、あとは思いっきり大砲を撃っても大丈夫。飛距離が勝手に伸びますよ!」
このイメージの共有ができれば、プランクのような地味な種目に対するクライアントの真剣度が劇的に変わります。
Phase 3: ダイナミック・ストレングス(Dynamic Strength)
制御された速度で、実際に回旋動作を行います。ここでは「ピボット」の習得が鍵となります。
- 推奨種目:Cable Woodchop / Lift
- テクニック:腕でケーブルを引くのではなく、後ろ足の母指球を軸に踵を回し(ピボット)、股関節の内旋が生み出す力で骨盤を回旋させ、その力が手に伝わる感覚を養います。
- 推奨種目:Landmine Rotation
- 解説:バーベルの軌道が固定されているため、エラー動作の修正が容易で、かつ高負荷を扱えます。
Cable Woodchop

Landmine Rotation

Phase 4: ローテーショナル・パワー(Rotational Power / Speed)
最終段階です。SSC(ストレッチ・ショートニング・サイクル)とSerape Effectを利用し、爆発的なパワーを発揮します。
- 推奨種目:Medicine Ball Rotational Throw
- バイオメカニクス:テイクバックで体幹全部を伸張させ(Pre-stretch)、その弾性エネルギーを一気に解放します。
- 注意点:投げ終わった後の「減速(Deceleration)」も重要です。ピタッと止まれる制動力こそが、怪我の予防線となります。

4. プロが見逃してはいけないエラーと修正(Cueing)
高度な知識があっても、現場での「目」がなければ意味がありません。よくあるエラーとその対処法を共有します。
Error 1: 脊柱の伸展代償
回旋可動域が不足しているクライアントは、腰を反る(伸展する)ことで回旋しているように見せかけます。
- 修正:「肋骨が開いています。肋骨を骨盤の中にしまい込むイメージで、少しお腹を凹ませたまま回ってみましょう」
Error 2: 膝の崩れ
回旋時に軸足の膝が内側に入ってしまう現象。ACL損傷のリスクファクターです。
- 修正:「お尻の横(中殿筋)に力を入れたまま回ります。膝のお皿は常に足の親指の方向に向けておいてください」
Error 3: 上半身主導
AOS/POSが使えず、腕だけで振り回してしまう状態。
- 修正:「腕はただのロープです。足で地面を踏み潰したエネルギーが、お腹を通って、最後に勝手に手が動かされるのを待ってください。手は一番最後です」
5. 結論:回旋こそがパフォーマンスの源泉である

回旋トレーニングは、腹筋運動のバリエーションの一つではありません。それは、人間が本来持っている「3次元的な移動能力」を最適化し、潜在能力を解放するためのシステムです。
- 評価:まず胸椎と股関節が動くかを確認する。
- 安定:腰椎のアンチ・ローテーション能力を徹底的に高める。
- 統合:AOS/POSといった筋連結システムを使って、下肢の力を上肢へ伝える。
このロジックを持ってプログラムを構成すれば、クライアントの「ゴルフの飛距離を伸ばしたい」「腰痛を治したい」「もっと速く走りたい」という多様なニーズに対して、自信を持って「任せてください」と言えるはずです。
今日のセッションからできること
まずは次回のセッションで、ウォーミングアップに「胸椎の回旋ドリル(Thoracic Rotation)」を、メイントレーニングの前に「パロフプレス」を一つ加えてみてください。
「あれ? 今日はなんだか身体の軸がしっかりして、動きやすい気がする」
クライアントからそんな言葉が出れば、あなたの指導はすでに世界標準の入り口に立っています。解剖学という武器を手に、現場の指導をさらに進化させていきましょう。


