【人気トレーナーは使っている】クライアントの変容を促すコーチング、ティーチング、カウンセリングの使い分け方

【パーソナルトレーナーの教科書】Vol.10-1

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指導の本質を解き明かす:コーチング、ティーチング、カウンセリングの定義と役割

パーソナルトレーナーがクライアントと向き合う際、その関わり方は単一ではありません。対象者の状態や目標、あるいはその瞬間の心理的状況に応じて、指導者は複数の役割を使い分ける必要があります。一般的に「指導」という言葉で一括りにされがちですが、専門的な視点からは「コーチング」「ティーチング」「カウンセリング」の3つの領域に明確に区分されます 。

コーチングとティーチングの決定的な違い

ティーチングとは、一方向的なコミュニケーションになりがちな側面を持ち、指導者が持つ知識や経験を相手に教えるプロセスを指します 。これは、対象者が特定のスキルや知識を全く持っていない「一定のレベルにない状態」から、基礎を構築して「一定のレベルまで引き上げる」ために極めて有効です 。一方でコーチングは、双方向のコミュニケーションを基盤とする 。対話を通じて、教えられる側が既に内面に持っている「答え」を引き出し、目標達成に必要なスキルや行動プロセスを自ら導き出せるよう支援する手法になります 。

この違いを理解するための身近な例を考えてみましょう。例えば、右も左も分からない新米の料理人に「包丁の正しい持ち方」や「出汁の取り方」を教えるのはティーチングです。レシピという正解を与え、その通りに動けるように導く。しかし、その料理人が基礎を身につけた後で、「自分だけの看板メニューをどう作るか」や「どうすればもっとお客様に喜んでもらえるか」を一緒に考え、本人の創意工夫を引き出す過程はコーチングに該当します。指導者は答えを与えるのではなく、本人が納得のいく答えに辿り着くための「問い」を投げかけるのです。

クリ先生

お客様のその時の状況に応じて使い分けましょう。原因探索にはカウンセリング、成長や向上にはコーチングとケースバイケースに変化させます。

マイナスの状態をゼロに戻すカウンセリング

コーチングやティーチングが「未来」や「向上」に焦点を当てるのに対し、カウンセリングは「過去の原因」や「現状の停滞」にアプローチします。マイナスの状態を生んでいる原因を特定し、助言や対話を通じて元の状態(ゼロ地点)に戻すことが主な目的となります。

フィットネスの現場においても、この使い分けは極めて重要です!!例えば、過度な食事制限による摂食障害の兆候があるクライアントや、過去の運動経験における強いトラウマが原因でバーベルを持つことに恐怖を感じているクライアントに対しては、無理に高い目標を掲げるコーチングよりも、まずはその心理的障壁を取り除くカウンセリング的アプローチが優先されるべきです。

クリ先生

お客様が交感神経系が優位で、疲労感や痛みやダル重さ感じている時にもカウンセリング的にセッションを進めます。

区分コミュニケーションの方向目的対象の状態
コーチング双方向(引き出す)目標達成・成果の創出スキルはあるが自走が必要な状態
ティーチング一方向(教える)基礎知識・スキルの習得知識や経験が不足している状態
カウンセリング双方向(助言・傾聴)原因へのアプローチ・回復悩みや課題を抱えたマイナスの状態

コーチングの語源と概念:馬車のように目的地へ伴走する

「コーチング(Coaching)」という言葉の語源は、ハンガリーのコチ(Kocs)という町で作られた「馬車(Coach)」に由来します。15世紀のコチで作られた馬車は、当時としては画期的なサスペンション機構を備えており、その乗り心地の良さから「コチの馬車」が自家用馬車の代名詞となりました。

馬車の役割は、乗客を「今いる場所(A地点)」から「行きたい場所(B地点)」まで送り届けることです。このメタファーが転じて、現代のコーチングは、クライアントが「あるべき姿」に到着するためのコミュニケーションスキルとして定義されています。

コーチングにおける4つの構成要素

クライアントをA地点からB地点へ運ぶためには、以下の4つの要素が不可欠です。

  1. 目標(Target):何を、どこを目指すのかを明確に設定する。
  2. 現状(Reality):今現在、クライアントがどのような状態にあるのかを客観的に把握する。
  3. 計画(Plan):現状と目標の間のギャップを埋めるために、何が有効かを策定する。
  4. 期限(Deadline):いつまでにその目標を達成すべきかを定める。

これらを一人で完結させるのは容易ではありません。だからこそ、コーチ=馬車という存在が必要になるのです。コーチは、重い荷物を運ぶ馬車のように、クライアントの目標達成に「伴走」する役割を担います。

リバ子

自分では現状の把握すらままならないわ。トレーナーさんにコーチでロードマップを敷いてもらえると安心してお任せできるもの。

ここで、登山に例えてみましょう。A地点を「登山口」、B地点を「山頂」とする。コーチは、単に「あっちが山頂ですよ」と指をさすだけではない。クライアントがどのような装備を持っているかを確認し(現状)、どのルートが安全かを一緒に考え(計画)、日没までに下山できるようペースを管理する(期限)。そして何より、クライアント自身が自分の足で登り切るための活力を引き出し続ける。山頂に立ったとき、その景色を最高のものにするのは、クライアント自身の努力であり、コーチはそのプロセスを支える最高の「乗り物」だったのです。

信頼関係が生み出す自発的行動のサイクル

コーチングが機能するためには、前提として指導者とクライアントの間に強固な「信頼関係」が築かれている必要があります。この関係性があって初めて、対話が意味を持ちます。

思考を整理し、気づきを与えるプロセス

優れたコーチは、単に命令を下すのではなく、適切な「質問」を投げかけます。質問を受けたクライアントは「考える」ことを余儀なくされ、自分の考えを言葉にして「話し」ます。このプロセスを通じて、クライアントの「頭の中が整理」されていく。

クリ先生

答えを教えたい衝動に駆られますが、ここはグッと我慢です。お客様自身に答えにたどり着いて頂きましょう!

整理された思考は、しばしば「気づき」を生む。「なぜ今までこれができなかったのか」「自分にはこんな強みがあったのか」といった発見が、外圧による強制ではない「自発的な行動」へと繋がるのである。

プロセスの順序行動心理的・認知的変化
信頼関係の構築心理的安全性の確保
コーチによる質問・傾聴思考のトリガー
クライアントによる思考・発言頭の中の整理
気づきの発生学習の深化
自発的行動目標達成・問題解決へのエネルギー

このサイクルは、一度回れば終わりではありません。行動の結果から新たな課題が見つかり、再びコーチとの対話を通じて深化していきます。指導者の役割は、このサイクルが止まらないように「後押しする」ことにある。

リバ子

後押しがあるかないかで、気持ちが全然違うわ。コーチングが上手なトレーナさんとのセッションの後は必ず帰りの時の方が元気になっているのよ。

例えば、ダイエットが停滞しているクライアントに対し、「お菓子を食べるな」と指示するのはティーチングです。一方でコーチングは、「最近、食欲が抑えにくいタイミングはありますか?」と問いかける。するとクライアントが「そういえば、残業の後にスーパーに寄ると……」と話し始めることで、本人が自ら「買い物のルートを変えてみよう」という解決策(自発的行動)に辿り着く。このように、自ら導き出した答えこそが、最も強力な行動原理となります。

技術習得の4段階:無意識の達人へ至るまでのステージ

人間が新しい動作を身につける際、脳と身体は特定のステージを順番に通過します。これを「技術習得の4段階(意識的コンピテンシー・モデル)」と呼ぶ。トレーナーは、目の前のクライアントがいまどのステージにいるのかを正確に見極め、その段階に適した指導を行わなければなりません。

ステージ1:無意識な不獲得状態(知らないし、できない)

この段階では、クライアントは自分の欠点や、特定のスキルの必要性にすら気づいていない。「無知」の状態です。

例えば、スクワットで膝を痛めている人が、自分のフォームに問題があると思っていない場合がこれに該当する。ここではまず「気づき」を与えることが最優先事項となります。

クリ先生

私はこのステージを「ルンバ状態」と呼んでいます。

リバ子

行き当たりばったりで、模索中ということね

ステージ2:意識的な不獲得状態(知っているが、できない)

スキルの重要性は理解したが、いざやろうとすると体が動かない段階。

「股関節から動かすのは分かった。でも、膝が先に曲がってしまう」といった状態です。この時期は理想と現実のギャップに最もストレスを感じやすいため、指導者による丁寧なサポートとモチベーションの維持が欠かせません。

クリ先生

器用な方の場合、ステージ2がない人もいます

ステージ3:意識的な習得状態(意識すれば、できる)

集中して取り組めば、正しく動作を遂行できる段階。

しかし、まだ動作が「自動化」されていないため、少しでも気を抜いたり、他のことを考えたりするとフォームが崩れてしまう。ここでは「反復」による習慣化がテーマとなります。

クリ先生

内発的なモチベーションを高く保つことが非常に重要です

ステージ4:無意識な習得状態(意識しなくても、できる)

ついにスキルが「癖」となり、考えなくても体が勝手に正しく動くようになった完成形です。

プロのアスリートや、ベテランの運転手がこの域に達しています。この段階になれば、クライアントは他の課題(より高い負荷や複雑なコンビネーション)にリソースを割くことができるようになっています。

リバ子

ここまで来て初めて習得したって言えるわね

【習得のプロセスと介入の例】

ステージ状態典型的な声掛け・介入
第1段階無意識な不獲得「いまの動きを動画で見てみましょう。膝に負担がかかっているのが分かりますか?」
第2段階意識的な不獲得「やり方は理解できていますよ!あとは神経を繋ぐだけ。ゆっくり1回ずつ修正しましょう」
第3段階意識的な習得「完璧なフォームです!その『お尻を引く感覚』だけを最後まで意識し続けましょう」
第4段階無意識な習得「もう意識しなくても完璧ですね。次は少しスピードを上げて挑戦してみましょうか」

私たちが目指すべきは、クライアントが卒業した後も、ジムや自宅で「無意識に」正しいフォームでトレーニングを続けられる状態、すなわち第4段階への到達です。

運動学習の科学:内的焦点と外的焦点の使い分け

動作指導における「指示(キューイング)」の出し方は、学習効率を左右する最も重要な要素の一つです。近年のスポーツ科学において、ガブリエル・ウルフ教授らの研究により、注意の向け方がパフォーマンスに劇的な影響を与えることが証明されています。

インターナルキュー(内的指示)の特性と限界

内的指示とは、クライアントの「身体の内部」に意識を向けさせる指示です。

  • 「膝をつま先の上にキープして」
  • 「肩甲骨を寄せて」
  • 「お腹を固めて」

これらは非常に一般的ですが、過度に用いられると「制約されたアクション仮説」が発動します。脳が一つ一つの筋肉の動きを意識的に制御しようとすることで、本来備わっている滑らかな自動制御システムを邪魔してしまうのです。その結果、動きがぎこちなくなり、力の伝達効率が低下します。

リバ子

どのトレーナーさんんもこの伝え方だったわ

クリ先生

動作の指示だしばかりしていると、ご自身で動きを習得することができなくなります。いつまでもトレーナーに依存することになりますね。

エクスターナルキュー(外的指示)の優位性

一方で外的指示は、身体の外部にある目標や、動きによって生じる「効果」に意識を向けさせます。

  • 「後ろのフェンスにシューズを押し付けるように」
  • 「床を足で踏み抜いて、地球を押し出すように」
  • 「バーベルを天井の向こうまで突き刺して」

研究によれば、外的焦点を用いた方が、筋肉の無駄な共収縮が減り、運動の正確性、持久力、爆発力が向上することが示されています。脳は「何を達成すべきか(外的目標)」が明確であれば、そのための複雑な筋肉の調整(内的プロセス)を無意識下で最適化してくれるからです。

クリ先生

お客様を右脳的な身体操作に持っていくことがポイントです。

【実践的な言い換え例:スクワットの場合】

手法指示の内容メカニズム
内的キュー「太ももの前側に力を入れて」局所的な筋収縮に集中し、全体のバランスを崩しやすい
外的キュー「足裏全体で地球を押して!」自然に股関節の外旋トルクがかかり、安定性が増す

もちろん、全くの初心者に対して「どの部位を動かすか」を伝えるために内的指示が必要な場面もあります。しかし、動作が形になってきたら速やかに外的指示へ移行することが、上達への近道となります。

セッションの質を高める組織編成とプランニング

プロのセッションは、行き当たりばったりの指導ではありません。環境やリソースを最大限に活用するためのロジカルな準備が必要です。

物理的リソースの最適化

セッションを開始する前に、以下の要素を検討し、計画を立てましょう。

  1. 目的の明確化:今日のセッションで何を達成するのか?
  2. 準備と実行:計画を具現化するための手順を整理。
  3. 設備とスペース:クライアントの人数と使用できるスペース、機材や道具やマットの配置を決定。
  4. 時間管理:実施可能な時間からエクササイズの量を逆算し、休憩時間や種目の切り替え時間を厳密に管理。

特に「切り替え時間」の管理は重要です。機材の配置を元に戻したり、次の準備をしたりする際に明確な指示を出すことで、セッションの密度が高まり、クライアントの満足度に直結します 。

リバ子

何も指示がないまま待ちぼうけを喰らうと、興醒めするわ

クリ先生

機材をセッティングする際に、水分補給をするように伝えたり、ストレッチをしてもらうなど、何かしらのタスクを渡すことが重要ですね!

ラーニングスタイルに合わせたフィードバック

人にはそれぞれ得意な情報の受け取り方(認知特性)があります。指導者はクライアントのスタイルを見極め、フィードバックの方法を変えるべきです。

  • 言葉から学習する人:論理的な解説や、具体的なキューイングが有効。
  • 視覚から学ぶ人:トレーナーによるデモンストレーションや、動画でのフォームチェックが効果的。
  • 体感から学ぶ人:手取り足取りの補助(タクタイルキュー)で、正しい感覚を体に刻み込む。
  • 書いて学ぶ人:図解や数値を記したトレーニングノートの活用がモチベーションを生む。

また、フィードバックのタイミングもスキルの習得段階によって異なる。初心者~中級者には、動作が「終わった後」にまとめて伝えるのが良い。一方で、上級者には「動作と同時」に瞬時の微調整を促すフィードバックが有効です。

クリ先生

どのタイプなのかを判別するには、縦断爆撃しかないです。手を替え品を替え、様々な伝え方を大量に行ううちに分かってきます。

指導の落とし穴:オーバーコーチングを避けるために

熱心なトレーナーほど陥りやすいのが「オーバーコーチング(過剰指導)」です。

例えば、スクワットで背中が丸まっているクライアントに対し、一度に以下のような指示を出してはいないだろうか?

「つま先をキープして、胸をしっかり張って、体重は足の真ん中に、股関節を後ろに持っていって、コアを固めて呼吸も忘れずに!」

これではクライアントの脳は情報の処理が追いつかず、パニック(マイクロ・チョーク)を起こしてしまういます。結果として、どの指示も守れず、パフォーマンスは低下します。

適切なコーチングとは、「今、最も重要な一つのポイント」に絞って伝えることである。

「いい感じですよ。次のレップでは、しっかり胸を張りながら、股関節を後ろに持っていくことだけに集中しましょう!」

このように、優先順位をつけ、クライアントの処理能力に見合った情報量を提供することが、プロの仕事です。

クリ先生

私も喋りすぎになりやすいので、気をつけています。「1トレーニング、1メッセージ」を心がけています。

結論:自走できるクライアントを育てるための伴走者として

パーソナルトレーニングの本質は、一時的な変化を与えることではない。クライアントが自分の身体を理解し、自発的に健康的な行動を選択できる力を養うことにあります。

そのために、私たちは「教える人(ティーチャー)」から「引き出す人(コーチ)」へと成長しなければならりません。語源である「馬車」がそうであるように、主役は常に行き先を決める乗客(クライアント)であり、私たちはその旅路を快適にし、確実に目的地へ導くための最も信頼できる手段であるべきです。

科学的なバックボーンを持ちつつ、一人ひとりの心に寄り添う温かいコミュニケーションを。その両輪が揃ったとき、あなたのセッションはクライアントにとって、単なる運動の時間を超えた、人生の質を高めるための貴重な体験となるだでしょう。常に「気づき」から「習慣」への階段を共に登り続ける、最高の伴走者を目指してほしいと願っています。

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